親と子の関係についてあれこれ

つぶやき

録画してあったドラマを見たり、Voicyの音声配信を聞いたりして思ったことをつらつらと。全くまとまっておりませんが備忘録に。

①毒親とそれに苦しむ子

『僕達はまだその星の校則を知らない』で教育虐待の父親が出てきました。自分の理想/こうあってほしい・あるべき姿を子に押しつけて、それは一心に愛情から来るものでしかないと本人は思っているというもの。親の理想にハマらない子は、この描き方だと確かに苦しそう。親の立場で見ると、自分がそうならないようにしなければならないなぁと思ったりしたわけです。

②子供から見るとこちらも毒親

『19番目のカルテ』で天才心臓外科医の女医さんが、母親からの呪縛(?)に浸食されていた的なもの。「あなたはいつも私の思う方向に進まない」と言われ、マンガを燃やされていると思われるシーンも。だけど、たった一人の親を捨てきれず葛藤・・・という感じのストーリー。

これはちょっと、どっちの気持ちもわかるなぁと思いながら見てました。親子だからといって違う人間だから、生まれつきソリが合わないこともあるよね、と思いました。他人だったら、あの人とは永遠に関わらなければいいやで終わるけど、親だとそうはいかない。これが親ガチャというやつでしょうか。

①②を見て、私は子共達にとってどんな親なんだろうとぐるぐる考えました。毒親にはなりたくない。でもじゃあ完全放置がいいのか、と言われるとこれまた難しい。完全放置というのは、導くことすらしないということです。何でもあなたの好きなようにすればいい、私には関係ない、口出ししないから好きに生きていいのよ。これは正解なのか?という問い。

端的に言うと。過干渉はダメ、でもネグレクトもダメ。

じゃあ、どの塩梅??ってやつですね。難しいなぁ。

③子供の宿題が気になる心理

夏休み終わりになると、子供が宿題をちゃんとやったかが気になるのはなぜ?というのを深掘りしているVoicyを聞きました。

アドラー的に言えば「課題の分離」が必要で、宿題はあくまで子供がやるもので、自分の課題ではないという立場になるのでしょう。これはどちらかと言えばネグレクト寄りかしら。

でも気になってしまうのは、宿題をきちんとやっていくことがどう社会的評価につながるかを知っているからというのには納得です。提出物の期限を守ることが、社会的信頼につながるというコメントに妙に納得してしまいました。社会で生きていくときにはやはり大事なスキルなのよ、には完全同意。だからそれを教えてあげたいし、子供が社会(学校)から正当に評価されてほしいというのは私もわかります。

面白かったのは、親が宿題を手伝うことに対して、それを嬉しいと思う子もいれば、煩わしいと思う子もいるという二極化している点でした。親が手伝ってくれたことで私は愛されている/ちゃんと気にされていると感じる子もいれば、親に手伝ってもらったなんて恥ずかしいと思う子もいるということがわかりました。

つまり詰まるところ、その子による!ってことじゃないですか。

嬉しいと思うのか、恥ずかしいと思うのか、もうその子次第ですよはっきり言って。+環境。

つまり、今日の思考の結論は、我が子を一人一人よく観察して、我が親子関係にとっては何が最適解なのかを頑張って考えなければならないということです。他人の家の正解はうちの正解ではありませんからね。

過干渉はよくないけれど、ネグレクトもダメ。

うちの塩梅、もっといえば子供一人一人の塩梅を引き続き模索しながらいきたいと思います。

ああ、なんとなく言語化できてよかった(^^)

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